- 重要なシステムが1社のプロバイダーに縛られていると、そのプロバイダーが値上げやサービス終了を決めた日に、打つ手がなくなります。
- 最初から複数のプロバイダーを使う必要はありません。ただし、いざというときに移れるようにシステムを設計しておきます。
- 実際に移行できるかどうかを決めるのは、自社のデータで作ったテストセットです。新しいプロバイダーでも同じ水準の結果が出ることを、それで証明します。
1. AIのロックインは、普通のソフトウェアのロックインとは違う
以前は、会計ソフトを乗り換えるとデータ移行に苦労しましたが、少なくとも出てくる結果は同じでした。AIではそうはいきません。プロバイダーを替えると、答えまで変わることがあります。そのため、新しいプロバイダーでも以前と同じ水準で動くことを証明する方法が必要です。
開発チーム向け · 技術的な詳細
AIワークフローは、モデルのふるまい、プロンプト、ツール呼び出し(Tool Calling)、埋め込み(Embedding)、安全フィルター、出力の料金体系と結びついています。APIが似ていても、モデルを替えれば結果が変わることがあります。評価の仕組みがない会社は、品質が上がったのか下がったのかを判断できません。そのため、テストをやり直すのを恐れて、いまのベンダーに留まりがちです。
ロックインは、ナレッジ、会話履歴、エージェントの定義、ログが書き出しにくい形式で保存されていることや、チームが1つのツールしか習得していないことからも生まれます。初期のうちはスピードを優先して1社に頼るのが合理的な場合もあります。ただしそれは、移行計画(Exit Plan)を用意したうえで下す判断であるべきです。値上げやサービス停止が起きてから依存に気づくようでは困ります。
2. 業務の種類ごとにモデルのポートフォリオを組む
すべての仕事にいちばん高価なものを使う必要はありません。答えが決まっている仕事なら普通のルールで十分です。間違えると損害の大きい仕事にだけ、最も優れたモデルを使い、人が確認します。

開発チーム向け · 技術的な詳細
分類、抽出、簡単な下書きには、小型で高速なモデルを使います。複雑な分析には推論モデル、画像や音声、特定の分野には専門モデル、データやレイテンシの条件が求めるときはオンプレミスやプライベートのモデルを使います。いちばん高価なモデルをデフォルトにしてはいけません。
| タスク | 主な基準 | ルーティング |
|---|---|---|
| 分類 | 価格・レイテンシ | 小型モデル+ルールによるフォールバック |
| 重要な要約 | 原文への忠実さ・出典 | 中型モデル+検証 |
| 複雑な判断 | 品質・推論力 | 最先端モデル+人の承認 |
| センシティブデータ | プライバシー・管理 | 承認済みのプライベート経路 |
開発チーム向け · 技術的な詳細
リスク、複雑さ、言語、予算に応じてルーティングします。ポリシーなしにエージェントが自分でモデルを選ぶことは認めません。プロバイダーが停止したときやレート制限にかかったときのフォールバックを用意し、どの結果にどのモデルを使ったかを記録します。
3. 技術を入れ替えられるように層を分ける
開発チーム向け · 機能一覧
業務ワークフロー、プロンプトと指示、モデルゲートウェイ、ナレッジ、ツール、オブザーバビリティを分けます。共通のインターフェースは、必要な機能に限って使います。特別な機能をすべて隠してしまうと、その利点まで失うことがあるため、ベンダー固有の機能はアダプターの中に閉じ込めておきます。
開発チーム向け · 技術的な詳細
元の文書、メタデータ、評価、業務ルールは、モデルのシステムの外に保管します。書き出しにはオープンな形式を使い、プロンプトとエージェントの設定はバージョン管理します。認証情報はシークレットマネージャーに置き、ワークフローに埋め込みません。
開発チーム向け · 技術的な詳細
認証、ルーティング、レート制限、ログ記録、機密情報のマスキング(Redaction)、コスト管理を担うモデルゲートウェイを作ります。これでプロバイダーを部分ごとに切り替えられるようになります。ただし、ゲートウェイ自体が新たなロックインにならないよう注意が必要です。設定を書き出せるようにし、社内のAPI標準を決めておきます。
4. 評価は、モデルを替えるための許可証
開発チーム向け · 技術指標
標準的なケース、例外、タイ語、リスクの高いケースを含めて、実際の案件からデータセットを作ります。正確さ、網羅性、出典の示し方、ポリシーの遵守、レイテンシ、コストといった指標を決めます。判断が要る部分は人がレビューし、ルールで確かめられる部分は自動チェックにします。
開発チーム向け · 技術的な詳細
切り替える前に、候補のモデルをシャドーモードで本番と並べて動かします。結果は平均点1つで判断せず、セグメントごとに分けて見ます。少量のトラフィックでカナリアリリースを行い、ロールバック用のバージョンも残します。変更のたびに、なぜそれを選んだかを意思決定の記録に残します。
5. トークン単価より、成果1件あたりのコストで管理する
開発チーム向け · 技術的な詳細
安いモデルでも、再試行やレビューが何度も必要になれば、結果的に高くつくことがあります。モデル、ツールとAPI、インフラ、人のレビュー、エラー、停止時間をすべて数えます。そのうえで、成功した成果1件あたりのコスト(Cost/Successful Outcome)と、事業単位あたりのコストを計算します。
開発チーム向け · 技術的な詳細
ワークフローごとの予算、キャッシュ、バッチ処理、プロンプトとコンテキストの最適化を使います。成果1件あたりのコストがずれ始めたらアラートを出します。わずかな節約のために、重要な業務の品質を下げてはいけません。処理量が10倍になったときのシナリオも試算しておきます。エージェント型のワークフローは、1件の取引でモデルを何度も呼び出すことがあるからです。
6. 必要な契約条件と移行計画
- データ、プロンプト、エージェント、ログ、評価を書き出す権利と、その形式
- 学習へのデータ利用、保存期間、契約終了後の削除に関する方針
- モデルの提供終了や、価格・挙動の変更についての事前通知
- 再委託先、リージョン、セキュリティ、インシデントの通知
- 移行の支援と、解約後もアクセスできる期間
- 重要なワークフローにひもづいたSLAとサービスクレジット
開発チーム向け · 技術的な詳細
認証情報と請求は会社名義で管理し、開発ベンダーがすべてを握るアカウントを経由させません。モデルやオープンソースのライセンスと、商用利用の制限を確認します。重要なワークフローについては、年に1回、撤退の訓練(Exit Drill)を行います。
7. モデルやプロバイダーが止まったときの事業継続
開発チーム向け · 技術的な詳細
業務を重要度で区分します。優先度の低い業務は待たせても構いません。顧客向けの業務には、予備のプロバイダーか手作業の経路が必要です。お金に関わる業務はフェイルクローズにし、基準を満たさないモデルの回答は外に出しません。サービスが戻ったときのために、キューと冪等性(Idempotency)を保ちます。
開発チーム向け · 技術的な詳細
障害のパターンをテストします。タイムアウト、出力の途中切れ、誤ったツール呼び出し、価格の急騰、リージョン単位の障害などです。ダッシュボードでは、プロバイダー側の問題と、データやワークフロー側の問題を分けて表示します。サービスの水準を落として運用している場合は、顧客にそのことを率直に伝えます。
8. 選べる立場をつくる12か月のロードマップ
- 第1四半期:モデル、ワークフロー、データ、契約を棚卸しし、重大なロックインを特定します。
- 第2四半期:ナレッジとルールを切り離し、重要なワークフローの評価をつくります。
- 第3四半期:ゲートウェイとルーティングを導入し、予備のモデルをシャドーモードで試します。
- 第4四半期:コストを見直し、撤退の訓練を行い、実データをもとにベンダーと交渉します。
まとめ:マルチモデル戦略の目的は、選べる立場を保つことです。複数のプロバイダーを使うこと自体が目的になると、複雑さが増すだけです。事業の資産をモデルから切り離し、評価、ルーティング、成果1件あたりのコストの把握、移行計画を整えましょう。そうすれば、各ベンダーの強みを存分に使いながら、技術が変わったときに身動きが取れなくなる事態を避けられます。
全体を作り直さずに、AIプロバイダーを替えられるシステムを設計する
どの仕事にどのモデルを使うかを決めるには、技術の知識に加えて、その仕事で誤りが起きたら何に響くかの理解が必要です。後者には、事業部門のほうが的確に答えられます。DNA Makerは、仕事をリスクと、品質・コスト・スピードの要件で分類し、分類ごとの合格基準を決めるお手伝いをします。基準が明確になれば、モデルの切り替えを当て推量やニュースの流行に頼らず、データに基づいて判断できるようになります。
交渉力を手元に残すための層
技術面では、業務システムとモデルのプロバイダーの間に中間層を置き、プロンプト、ルール、データを自社の側に置いておきます。自社の実データを使って複数のプロバイダーに同じテストを実行できる標準のテストセットを用意し、品質と成果1件あたりのコストをそのまま比べられるようにします。メインのサービスが止まったときの予備の計画も用意します。必要がないのに最初から複数のプロバイダーを使うことはおすすめしませんが、時期が来たら切り替えられる設計にはしておくべきです。重要なシステムがいま1社のプロバイダーに縛られていて、自社のテストセットもないなら、ご相談ください。最初の1セットづくりをお手伝いします。
SOFTWARE ENGINEERING GLOSSARY
ソフトウェア開発用語集
ここに挙げる用語は、柔軟で、技術を入れ替えられるシステムを設計するときに使います。
| 用語 | 意味 | わかりやすい例 | 開発チームへの質問 |
|---|---|---|---|
| Abstraction Layer | 自社のシステムと外部サービスの間に挟む中間層。プロバイダーを替えやすくするためのもの | 1つの層を直すだけで、モデルのプロバイダーを切り替えられる | プロバイダーを替えたら、システムの何か所を直す必要がありますか? |
| Evaluation Set | 正解つきの例題を集めたもの。システムの品質を同じ基準で測り続けるために使う | チームが合意した回答つきの、顧客からの質問200問 | このテストセットは自社のものですか?それともベンダーのものですか? |
| Vendor Lock-in | 1社のプロバイダーにシステムが依存しすぎて、乗り換えが難しくなっている状態 | プロンプトもデータも、すべてベンダーのシステムの中にある | このプロバイダーの利用をやめたら、何を持ち出せますか? |
| Fallback | メインの手段が使えないときの予備の手段。サービスを止めないためのもの | メインのサービスが止まったら、システムが自動で予備に切り替わる | プロバイダーが2時間止まったら、事業にはどんな損害が出ますか? |
| TCO | 総保有コスト。最初の開発費に加え、システムを使い続ける期間全体でかかるコストの合計 | 月額のサービス料金、保守費用、改修費用を合計したもの | 1年目以降の保守コストには、何が含まれていますか? |
